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賤  ヶ  岳

山   紀   行
写   真   館 2002・03・17

【日  時】 2002年03月17日(日)
【山  名】 賤ヶ岳(しずがたけ)421m
【天  候】 晴れ
【コース】 JR余呉駅〜登山口〜大岩山〜中川清秀の墓〜賤ヶ岳山頂〜余呉湖荘登山口〜JR余呉駅
【タイム】 歩行時間3時間(私のコースタイム)
所要時間4時間(休憩1時間含む)

◆9:00大阪
今日は久し振りに「青春18きっぷ」を使っての山行きだ。電車の旅も兼ね、湖北の賤ヶ岳ハイクに出掛ける。天候も良く、暖かいハイキング日和になりそうだ。

◆11:30JR余呉駅
JR新快速で終着駅の長浜へ。普通電車に乗り換えて余呉駅で下車する。今日は遅い出発だったので、スタートがもう昼前になったいた。
駅前から南へ進み、交差点を左折して車道沿いに歩く。

◆11:35登山口
民家の横を標識に従って縦走路に取り付く。緩やかな上りで楽チンコースだ。
JR余呉駅 大岩山
JR余呉駅(出発地点) 大岩山(林道沿い)

◆12:00大岩山・
中川清秀の墓
登山口から30分程で林道が現われ、その林道途中に大岩山がある。気を付けていないと見過ごすところだった。この奥に中川清秀の墓がある。
説明板には下記のように書かれていた・・・
「大岩山は1583年に最初の賤ヶ岳合戦があった陣地で、柴田勝家の部下で尾山(金沢)城主佐久間盛政が大岩山の砦を奇襲する。この陣地を守る茨木(大阪)城主中川清秀が奮戦するも全員壮絶な最期を遂げた。この軍勢は柴田勝家の帰参の命に随わず戦勝に酔った。この報を知った豊臣秀吉は急遽大垣より駆け付け賤が岳の合戦となり、秀吉軍の大勝利となり柴田勝家滅亡の因となった。」
「この中川清秀の墓は百回忌の天和2年に建立された。

◆13:00賤ヶ岳山頂・到着
登山道は幅も広く、時折木々の間から余呉湖を眺めながら、ゆったりした気分で気持ちよく山頂を目指す。山頂近くまで緩やかな登りが続き、頂上手前での急登を登り切ると賤ヶ岳山頂だ。
頂上は広場になっており、大勢の登山者で賑わい、輪になって昼食の真っ最中だった。
眼下に余呉湖を眺め、回りには、未だ頂上に雪が残る赤坂山、七七頭ヶ岳(?)、横山岳、金糞岳が眺められる。
桜の木が沢山あり、まだつぼみだが咲く頃は最高だろうなあ・・・。周囲の山々を眺めながら多くの登山者と歓談し、楽しくランチタイムを過ごせた。
余呉湖 賤ヶ岳山頂
山頂から眺めた余呉湖 賤ヶ岳山頂

◆14:00賤ヶ岳山頂・出発

帰路は国民宿舎余呉湖荘へと下る。20分ほどで着く。
金糞岳 横山岳
金糞岳(中央奥) 横山岳

◆14:15余呉湖荘登山口

右に朝辿った山並みを眺め、また後方の山頂を時折振り返りながら、余呉湖の湖畔を北へと向かう。のどかな風景だ。
余呉湖荘からの登山口 余呉駅近くより賤ヶ岳を望む
余呉湖荘からの登山口 余呉駅近くより賤ヶ岳を望む

◆15:30JR余呉駅

余呉湖を一周して、出発地点のJR余呉駅に戻る。
今日は、暖かい爽やかな風を身体いっぱいに受け、なぜか気分が爽快になった。やはりこれが春なのかなあ!
電車の揺れと線路を走る規則正しいリズムで、睡魔が襲ってくる。これも心地よい疲れがあるからか・・・。兎に角、楽しい一日を過ごせた。
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